インタビューインタビュー

馬と人インタビュー 第4回 千葉祥一

  • 更新日:
    2012年12月28日

遠野馬の里、馬との共生を目指す、その思い

 

遠野馬の里 千葉祥一さんとエルマフランス(H22生まれ)

馬と見つめ合う。
「これから」の馬産地を見つめる遠野馬の里
○馬と人が見つめ合う驚き
遠野馬の里への初取材は、遠野市乗用馬市場の取材で遠野駅から自転車で向かった。カッパ淵や、伝承園を通り過ぎた小高い丘の上に遠野馬の里はある。日本の原風景、遠野の景色を一望できるロケーションだ。

セリ市の前に少し時間があった。乗用馬市場の周りには、厩舎があり、小さなお祭りが開かれていた。「ただいまより、ポニーショーを開催します」と場内アナウンス。何か気になり、木の柵の中で、メガネをかけた男性と、今日の日のために飾り付けられたポニーが芸を始めていた。手綱と、ムチの小さな振動で、ポニーをあやつる男性の目は穏やかだ。

様々な曲芸が続く。次の瞬間、私は、息をのんだ。ポニーと人が、向い合って座っている。目と目を見つめ合い、ずっと昔からの親友のように佇む、ポニーと人がそこにいた。その後も、男性が、ねそべるポニーに腰をかけるが、微動だにしないポニー。

ポニーと人が見つめ合う

 ポニーと人が、一緒におじぎをしたり。ここまで、馬と人がひとつになった演技をはじめてみた。それは、衝撃だった。なんで、こんなに馬と人が仲良く出来るのか秘密が知りたくなった。

その秘密を聞くために、馬の里をもう一度訪れてみた。

民話のふるさとで有名な遠野市。残された民話の中には、「馬と人」との生活が描かれている話が数多く残されている。日本の原風景がそのまま残されているまち・遠野の市内から山道を抜けた先に「馬の里」はある。

敷地内に入ると、その広大な敷地にまず圧倒される。馬の里だけあって、敷地内の道路標識には「馬優先」とある。実は馬は一般道では軽車両扱いとされており、運転中に馬と遭遇したら馬が通り過ぎるのをじ~っと待たなくていけない。こんな牧歌的な風景は、馬産地でしか味わえない「のんびり感」だ。

馬の里入口

馬の里は馬優先

○馬の里が生まれるまで

車や機械が発達し、農耕馬の需要は、現在少なくなってきている。農耕馬の生産は、飼育にかかるコストが高く、近年の生産者の高齢化で、その数を減らしている。現状を打破するべく、遠野では、様々な活性化策を行なっている。その中核を担うのが「遠野馬の里」だ。

遠野馬の里は、平成10年に岩手県競馬組合や遠野市などから支援を受けて設立。今は第3セクターとして3つの事業を中心に運営している。
1つ目は「競走馬、乗用馬の育成事業」。以前は遠野馬の里で競走馬の育成事業も行っていたが、平成23年度からは民間企業が運営している。
2つ目が「乗用馬・農用馬の繁殖事業」。この事業は遠野市の馬産を守り、つなげていくことを目的とした事業である。馬産地・遠野の馬の歴史は長いが、近年、生産者の高齢化が進み、馬の販売による収益は減少傾向となっているが、馬の安定的な供給を確立していくことで生産者を守る役割をこの事業が担っている。
3つ目が「乗馬ふれあい事業」。遠野の馬事伝承のため、市民や遠野を訪れた人が馬とふれあう機会を増やし、遠野の馬産地としての認知度をあげ、遠野の馬文化を守る事業だ。乗馬体験や、引き馬体験をはじめ、遠野市内での街中馬車、交通安全パレード出演、園児の遠足等で馬の里を体験してもらうことで、馬と人の距離を身近なものにしていくことを目的としている。

仲良くゆっくりと餌を食べてます

千葉さんと馬との関わり

取材中、どこかで見たことのある男性を紹介された。「あのときのポニーの演技の方ですよね?」「そうです、そうです」と笑顔で答えてくれたのが遠野馬の里で振興課長を務める千葉祥一さん。千葉さんは東京生まれ、父親がJRA(日本中央競馬会)の職員で馬事公苑に勤務していたこともあり、小さい時から馬と慣れ親しむ生活であった。その後、専修大学馬術部に進み、在学中、馬と共に生きたいと考えるようになった。
卒業後、民間企業で働いていたが、「馬との生活がしたい」という思いは日に日に募っていた。ちょうど30歳になった時に、岩手の遠野市で遠野馬の里が設立の準備に入ったことを知る。当時、奥さんと1歳のお子さんがいたが、『一生、馬と関わる』と一大決心。一家で東京から遠野へ移住してきた。

厩舎の作業風景

現在では本州で唯一となった遠野市乗用馬市場。この事業は、馬の里設立時から始めた活動のひとつ。しかし、乗用馬市場を始めた当初は試行錯誤の連続であった。最初の頃は遠野の馬の里の職員になるための研修生を乗せていた。「研修生が乗るような練習馬なのか」と言われたこともあり、千葉さんが全部の馬に乗った事も何回もあった。そんな試行錯誤を繰り返してきたが、だいぶ軌道に乗りつつあり、手応えをつかみ始めて来た2011年。この年の3月に東日本大震災に起きた。遠野馬の里も影響を受けた。2011年のセリ市の売買は馬へ投資する余裕がなかった為なのかだいぶ下がってしまった。
しかし、千葉さんは、力強くこう言う。「今は我慢の時期と考え前向きに捉えていくかない。このような時だからこそ自分たちも馬の事をもっと知ってもらう努力していかなければならない。未来のために、1つ1つ積み重ねながら、(この事業を)続けていくこと。そうすればサポートしてくれる人や企業が増えてくると信じている」。現在、千葉さんは乗馬教室や遠足、ふれあいなどの受入れで馬への距離を縮めていくことを推進していく傍ら、春に繁殖牝馬に種付けを行い繁殖した若馬を馴致調教している。
馬の里には、60頭の馬と、8人の仲間がいる。スタッフたちは、全国から集った、心から馬が好きなスタッフばかり。女性スタッフも2人。市場を見学した時にも堂々と騎乗していて、その馬も見事落札。「緊張しましたー!」と頬を赤らめながらも、少し手応えを感じた様子。広報スタッフも、馬の飼育経験者だ。いきものとしての馬の魅力や、扱い方もよくわかっているスタッフたちは、馬を預託している方からの信頼も厚い。この仲間たちとのチームワークも千葉さんを勇気づけている。

千葉さんに聞きたかった、もうひとつ。ポニーの演技の事に話が及ぶ。遠野馬の里に来てから本格的に始めたポニーとの演技。子供の頃、馬事公苑で演技を見ていたことを思い出し、遠野に来てから、年に1回くらい東京の先生に教えてもらっているが、それ以外、馬との演技は、ほぼ独学で馬を調教している。

乗用馬市場のときのポニーショーで一緒に演技したポニーの名前はホワイトグリーン。12歳。真面目に物を覚えようとする性格の馬で、2歳から独学の千葉さんと一緒に演技に取り組み始め、6ヶ月位で覚えるようになり、みるみる上達していった。今では、高度な演技に対する要求もサラリとこなす。千葉さんは「遠足で来てもらった時など、馬に乗るのは1人ずつしかできないけれど、演技は一度にみんなで観れて楽しんでもらえるもの。個人的に時間をとるのがなかなか難しいが、技術は毎年毎年積み上げていきたい。そして観てくれる人たちに馬との良い思い出を作っていきたい。」と語る。さらに「馬は可愛い。小さい子供を育てているように、成長が見られる。馬がこういうことを出来たとかその都度違うが、日々成長している姿が可愛いし、やりがいもある。馬との関わりのない生活が考えられないかも」とも。根っからの馬好き、千葉さんだから馬と心が通い合わせることができ、あの信頼感を表現として引き出すことが可能なのだろうと感じた

ひとつふと疑問に思ったことがある。何で遠野はこんなに馬産地として栄えたのだろうか?千葉さんに質問を投げかけてみた。千葉さんは「色んな角度から考えられると思うが、ここ遠野の気候や山に囲まれた立地が馬と人が生活し、馬を育てるにも適した環境だったからではないか。寒い立地条件に馬は適合しやすいし、山に囲まれた環境は、伐採した木を馬と一緒に運び、生活の糧にしてきたことが遠野を馬産地として栄えさせたのであろう。」と笑顔で答えてくれた。

現在、遠野では観光資源としての馬の活用を積極的に行なっている。例えば、流鏑馬の格好で蒸気機関車と並走して観光客の出迎えを行ったり、馬車でまちなかの観光スポットを周るなど、ユニークな試みで、馬産地としてのPRをまちぐるみで取り組み始めている。
このような「馬と人」が共に暮らす地域の挑戦が実を結び、将来、馬に関わる仕事に興味を持った次の世代が育ち、これからも遠野の馬文化を残していってほしいという願いを込められて設立された遠野馬の里。千葉さんとスタッフの実直に続けていく日々が、未来の遠野の「馬と人」をつないでいく。(2012年10月31日遠野馬の里にて)

馬の里からの風景


プロフィール

千葉祥一

千葉祥一さん 昭和40年生まれ  社団法人遠野市畜産振興公社 遠野馬の里 振興課長
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