歴史歴史

1180年(治承4年) 源義経の愛馬「太夫黒(たゆうぐろ)」

天下の名馬、みちのく産に過ぎるものはなし。みちのくの良馬、この馬に及ぶものはなし・・・一関市千厩町千厩地内には一頭の馬の名前を刻んだ顕彰碑があります。 太夫黒(たゆうぐろ)。源義経と共に「一の谷の戦い」で活躍するなど、日 [...]

『源平合戦図屏風 一の谷・屋島合戦図』 神戸市立博物館蔵

天下の名馬、みちのく産に過ぎるものはなし。みちのくの良馬、この馬に及ぶものはなし・・・一関市千厩町千厩地内には一頭の馬の名前を刻んだ顕彰碑があります。
太夫黒(たゆうぐろ)。源義経と共に「一の谷の戦い」で活躍するなど、日本史の中で最も有名な駿馬は千厩(せんまや:一関市千厩町)産だったと言われています。1180年(治承4年)、平氏追討を目指した兄・頼朝の挙兵を知った義経が平泉から鎌倉へと出発する際、藤原秀衡が、はなむけとして贈った自身秘蔵の愛馬が「太夫黒」で、初めは「薄墨」という名でした。 この馬が歴史に残る働きを見せたのが「一の谷の戦い」。世にいう鵯(ひよどり)越えの逆落としの場面です。人馬一体となった奇襲戦術で名をはせた義経が、その後、検非違使(けびいし)少尉(判官(ほうがん)」に任官。黒毛の愛馬も位階の別称(太夫)から太夫黒と呼ばれました。(岩手日日新聞「聞こえる蹄の音・岩手と馬の物語」より)

参考文献

岩手日日新聞「聞こえる蹄の音・岩手と馬の物語」

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